名優津川雅彦先生と一緒に(平成24年3月5日帝国ホテルにて)

 

 

       

 

 

英雄・小野田寛郎先生・特別講演会

小野田寛郎さんをお迎えして、特別講演会が開かれた。

参加した多くの人の歴史観が変わった日だった。人生において

劇的な進化と進歩を獲得した日だった。謦咳に接するという

ことの大切さを痛感した。我が人生最良の日だった。

 

       船中八策    坂本龍馬

一、天下の政権を朝廷に奉還せしめ、政令宜しく朝廷より出づべき事。

一、上下議政局を設け、議員を置きて万機を参賛せしめ、

  万機宜しく公議に決すべき事。

一、有材の公卿(くぎょう)・諸侯及天下の人材を顧問に備へ、

  官爵を賜ひ、宜しく従来有名無実の官を除くべき事。

一、外国の交際広く公議を採り、新(あらた)に至当の規約を立つべき事。

一、古来の律令を折衷し、新に無窮の大典を撰定すべき事。

一、海軍宜しく拡張すべき事。

一、御親兵を置き、帝都を守衛せしむべき事。

一、金銀物貨宜しく外国と平均の法を設くべき事。

 

  以上八策は、方今天下の形勢を察し、之を宇内(うだい)万国に徴するに、

  之を捨てて他に済時の急務あるべし。

  苟(いやしく)も此数策を断行せば、皇運を挽回し、国勢を拡張し、

  万国と並立するも亦敢て難(かた)しとせず。

  伏(ふし)て願(ねがは)くは公明正大の道理に基(もとづ)き、

  一大英断を以て天下と更始一新せん。

 

 

    戦略大学「船中八策」

平成24年2月2日「シンクタンク戦略大学」北岡俊明ⓒ

 

第一、平和憲法を破棄し「平成憲法」を制定すること。

憲法の刷新なくして国家の刷新はない。日本衰退の元凶は「平和憲法」にある。

平和憲法を破棄し、日本の歴史と伝統にもとづく思想と哲学をもった新しい憲

法を制定すること。新しい日本の出発は憲法の刷新から始まる。

第二、「新・富国強兵」立国をめざすこと。

日本復活の理念として「明治ルネッサンス」を掲げる。近代日本をつくった明治

維新の原点にかえる。富国とは経済力であり強兵とは軍事力である。この二つは

国家存立の根本原理である。ベンチャー精神、質実剛健の国民精神にかえり、強

い日本人、強い日本国をつくる。国防と青年教育としての徴兵制度を導入する。

第三、一院制議会を導入すること。

 一院制議会にする。議員定数を200名とする。イギリス以上の世界最難関の資格

試験を課す。合格した人間は「議員候補者」となり、選挙に立候補できる。才能、

人格、識見、思想、日本における最優秀な人材を議会に結集すること。

第四、日教組教育を一新すること。

戦後教育は死んだ。エゴと自己中心人間を大量に生んだ戦後教育を一新すること。

日本衰退の元凶はGHQ教育と日教組教育にある。教育は国家存立の根本原理で

ある。教育なくして国家なし。歴史と伝統の江戸教育と戦前期教育の良さを復活

し、6・3・3・4制教育を根本的に改める。

第五、IT・ソフト技術立国をめざすこと。

IT企業、IT技術者、ソフト技術者こそが産業・企業の中心とならなければ日本

は世界との競争に敗退する。電機業界の苦境がそれを証明している。

ソフト技術者、IT技術者を中核技術者として厚遇せよ。国家目標として大増員せよ。

第六、クールジャパン・芸術立国をめざすこと。

芸術立国をめざす。北斎、広重、狩野派から横山大観、岸田劉生、梅原龍三郎、

岡本太郎、そして手塚治虫、宮崎駿へと続く。芸術とフアッションとマンガとアニ

メのクールジャパン。世界へむかって「ジャパンアート」を発信すること。

第七、武士道ルネッサンスを起こすこと。

武士道精神は現代もなお世界に誇る至宝であり文化である。義、勇、仁、礼、誠、

名誉、忠義・質素。宗教心、道徳心としての武士道精神のルネッサンスである。

行動的禁欲、刻苦勉励を尊び、隣人を愛し、人のため公のために命をかけること。

第八、強靱な日本・強靱な日本人をつくること。

グローバルな競争において強い日本と日本人を作る。世界に通用する、強い人間力、

強いリーダーシップ、強い経済力、強い軍事力、強い科学技術力、強い文化芸術力

をもった「強靱なニッポン・強靱なニッポン人」を創造すること。

 

平成24年11月30日(金)

政治家は原発を推進しろ!

きれごとで世の中が回るか

 

そらみたことか、東京電力、関西電力につづいて

九州、四国の電力の値上げラッシュだ。

貧しい人はどうするのだ。

企業はどうするのだ。

脱原発とは、日本窮乏化政策である。

日本を昭和30年代に戻すという考えだ。

とんでもない暴論であり、蛮行だ。

 

政党は、ムードや感覚で、反原発、脱原発を言うな。

原発を早く再稼働させろ。

反原発のマスコミの情緒的な報道に流されるな。

マスコミとそれにのっかるリベラルを気取る奴は無責任極まりない。

 

原発がないと困るのは、福島の人であり、

津波被害にあい、仮説住宅に住んでいる東北の人である。

電気代が値上がりし、生活が困窮する。

 

日本人は大東亜戦争もそうだがたった一回の敗戦でぎゃふんとなる。

たった一度の原発事故で、意気消沈する。

情けないことだ。もっと根性をもて。

ヨーロッパや中国人のようなたくましい民族性をもて。

 

平成24年11月29日(木)

「 脱」だの、「卒」だのと詭弁を弄すな

 

滋賀県知事の嘉田という女、なかなかの野心家である。

環境問題を研究してきたというが、野心家の本性がついにでた。

 

テレビに映る顔をみると、こいつは策士であると直観した。

策士だから、策士の小沢が寄ってきたのだ。

似た者同志の匂いが引き合ったということだ。

 

みんなの党の渡辺にも失望した。

小異を捨てて、大同につくという大局観がない。

しょせん小者である。幕末の薩長のような度量がない。

 

だいたい、「みんなの党」という名前、これほどセンスの悪いネーミングはない。

こういう世間の感覚からずれている名前をつけるような人間は、

小さいことに執着しすぎて、ものごとを大きな視点から、俯瞰し、鳥瞰できない。

みんなの党は伸びないだろう。

 

アジェンダというカタタナを連発するのも自己満足である。

素朴な言い男だろうが、いかんせん、すべてにおいてセンスに欠ける。

センスというものがないゆえに、いつまでも茨城弁が抜けない。

ゆいつの良い点は、時々、気の利いた表現をするときがある。

 

民主党が大敗し、消滅することを望む。

民主党の中の伝統派と、自民党の中の伝統派、そして、日本維新の会が合体して

真の保守政党を結成すべきだ。

リベラルという名の左翼平和主義者を排除せよ。

 

リベラルとは、売国奴、腰抜け、臆病者と同義語でもある。

中国とも、韓国とも、どこの国とも、波風を立てずに穏便にことを済まそうとする。

相手に言いなりになる連中である。

 

戦後60年間のリベラルという左翼平和主義が、日本を衰退させた元凶である。

共産党や、社民党・福島瑞穂などが、その象徴である。

こんな偏向した党、こんな偏向した女が生存できる日本の政界は狂気である。

今回の選挙は、この狂気を正す絶好の機会である。

 

平成24年11月28日(水)

「卒原発」だとさ、そりゃ何じゃ?

ガラパゴスの発想から抜け出せ

 

脱原発があるかと思うと、今度は「卒原発」ときた。

そりゃ何じゃ。そりゃなんでんねん。

原発をもてあそぶコトバ遊びはやめとけ。

原発はレトリックではない。

 

嘉田という滋賀県の知事が提唱しているそうな。

早速、小沢一郎などが飛びついた。

これで卒原発派は伸びん。有権者をコケにしたらあかん。

小沢に食いつかれたら骨までしゃぶられてポイ捨てだ。

 

脱か、卒か知らないが、原発がなくて、日本の電力は成り立たない。

きれいごとを言うな。資源のない極東の孤立した島国が原発なしに

国家と国民生活が成り立つと思っているならば、お目出度い奴だ。

 

戦後60年以上、研究し、開発し、改良改善してものが原発だろう。

それを易々と捨てる発想が理解できない。

営々たる人間の知の営みを破棄するということだ。

 

日本が原発を捨てると一番喜ぶのは韓国と中国だ。

理由は、国家の衰退になるからだ。

電力とは、一国の経済力、軍事力、産業力、豊かで便利な国民生活力、

これらの根源をなすものである。

 

人類は、電力の獲得のために死力を尽くして努力してきた。

そして、獲得したものが、原発である。

人間の英知の結晶であり、科学の勝利である。

これを捨てようという人間の脳をのぞいてみたい。

 

アフリカの電気がない貧しい国家の住民は何というか。

日本人は、なんという贅沢なことを言っているのだと言うだろう。

日本人が使わないなら、その原発をくれと言うだろう。

原発が危険などというのは、電気をもっている豊かな人間の戯れ言であると言うだろう。

 

日本人は、相変わらず、島国の中の狭い発想から一歩も抜け出せない。

日本が脱原発しても、お隣の韓国は原発だらけ、シナ大陸も原発だらけ。

世界中が原発だらけ。

 

世界から原発を一掃するなら話は分かる。

しかし、そんな空想はありえないから、日本の脱原発はガラパゴスの発想だ。

ケイタイだけがガラパゴスと思っていたら、

脱原発もガラパゴスだったというお粗末な一席だ。

 

平成24年11月27日(火)

原発を再稼働させろ。

このままじゃ電気代が大幅に上がって日本沈没だ。

原発滅んで国滅ぶ!

 

関西電力が値上げを申請した。

家庭向けが約12%(正確には11・88%)

企業向けが約19%( 々  19・23%)

 

家庭向けは一割を越す値上げだ。

これじゃ貧乏人はやっていけない。

企業は、鉄鋼、自動車は、電機、中小企業などが倒産するか、海外に流出する。

 

しかも、このまま燃料の重油の輸入量が増えると、

値上げはこんなもので納まらない。3割、4割、5割か、

あるいは2倍、3倍も、悪夢ではない。

これじゃ国民生活は破綻、企業は倒産だ。

日本は正真正銘、沈没するだろう。

 

現下の日本の危機を救うのは簡単である。

原発の再稼働である。

こんな簡単して、単純にして、立派な方法があるのに、

何を好き好んで、脱原発などという空想をのべて、自分のクビを締めるのか。

脱原発を主張している連中は自虐趣味でもあるのか。

 

脱原発という非現実的な空想論から目覚めよ。

日本を衰退させる左翼や仮想敵国の脱原発のマインドコントロールから脱せよ。

脱原発とは、反日派による日本衰退のための陰謀である。

 

日本国を愛するならば、原発を速やかに再稼働させよ。

脱原発とは、売国奴による売国のプロパガンダである。

原発滅んで、国滅ぶ。

 

愛国者=原発再稼働

売国奴=脱原発

という鮮やかな色分けができた。

 

平成24年11月26日(月)

これじゃ日本は変わらない

「義務投票」の制度を導入しろ

 

相も変わらず、百年一日のごとき選挙風景である。

もう何十年、見てきたことだろうか。

残念ながら、12月16日の投票率は低いままだろう。

 

もちろん、橋下人気や、自民党の復権、民主党の不人気で、

投票率は、少し、数%はあがるだろう。

しかし、マスコミの大騒ぎとは別に庶民は覚めている。

 

投票する人は、せいぜい50%か、よくて60%であろう。

半分から4割の国民は投票しないのだ。

これで選挙が成立すること自体が根本的におかしいのだ。

こんな選挙は無効である。

 

投票率は、限りなく100%でなければならぬ。

政治は、投票に行った人にも、行かなかった人にも、及ぶからである。

政治は、国籍を有するすべての国民に及ばないといけないのだ。

全員参加が、民主主義の根本原理である。

 

例外があってはならぬのだ。

税金と同じ、徴兵と同じ、義務教育と同じだ。

ゆえに、投票は「義務投票」としなければならない。

 

ところで、統計の誤差を入れて100%にすることは難しくない。

100%に近づくために、投票日程は、10日でも20日でも、日数をかけるのだ。

その間、大勢が決まり、多数派が決まるから政権はできる。

 

しかし、投票は、税の徴収や、義務教育と同じで、

100%に到達するまで継続しなければならない。

限りなく100%になってから、

「今回の選挙は終わりました」と政府が宣言するのだ。

 

平成24年11月22日(木)

一院制・200名、投票率100%

 

これが政治改革のすべてである。

狭き門にすれば、たちどころに、質の高い政治家が登場し、

質の高い政治が行われる。

 

しかるに、すべての政党と政治家は、

自分のクビを切ることになる一院制・200名を主張しない。

 

とくに、いつもしたり顔の正義づらをする共産党や、社民党なんぞは、

ダンマリを決めている。

共産党議員や社民党議員はまちがいなくゼロになるからだ。

 

あの福島瑞穂のバカ面とアホ言動を見なくなるだけで精神衛生がよい。

共産党の百年一日のごとき紋切り型の政策を見なくてよい。

 

一院制・200名、投票率100%を主張する政党はいないか。

そういう政党が登場した時、はじめて日本政治は近代化する。

それまでは腐臭を発する腐った政治が続く。

 

平成24年11月21日(水)

相変わらず、バカ選挙が続く

 

維新の会が出ようが、石原慎太郎が出ようが、政治は変わらない。

722名(衆議院480名)を選ぶという前提の既存の選挙制度では、

相変わらず、有象無象がたくさん出てくるだけだ。

石原チルドレン、橋下チルドレンが誕生するだけで政治は何も変わらない。

 

⑴一院制、⑵定員200名にすべし。

この抜本的な改革なしには、政治は何にも変わらない。

既存の制度を前提としているかぎり日本政治は百年一日のごとしである。

 

国会は、誰でも入れる東大、誰でも入れる宝塚音楽学校では困るのだ。

馬の骨のような奴が、安易に、簡単に立候補できるから、政党が乱立するのだ。

 

厳しい選抜試験を課して、少数精鋭の国会議員を選ぶ選挙にせよ。

そこらのオッサン、オバチャン、ニイチャン、ネエチャンが国会議員では困るのだ。

 

一億二千万人の中で、人格、識見、才能、知能が、もっとも優れた人間が、

国会議員でなければならないのだ。

そうすれば、正統性が生まれ、国民から尊敬される政治家となる。

 

今の国会議員は正統性が疑われる奴ばかりである。

どこの馬の骨ともわからん、いいかげんな奴ばかりだ。

頭は空っぽ、人格も、識見も、知能も劣る奴ばかりだ。

吉本のお笑いアホタレントとたいして変わらんのだ。

政治に信頼がない。だから、一年で総理大臣が変るのだ。

 

平成24年11月16日(金)

沈む船からネズミが逃げる

 

民主党から離党者がぞろぞろ出てきた。

どいつもこいつも、屁のような奴である。

よくぞ、こんな程度の低い奴を国会議員にしたものだ。

 

あらためて3年前の選挙のいいかげんさに腹が立つ。

今、民主党を非難する奴で、三年前に民主党に投票した奴よ

出てこい。責任をとって土下座して謝罪しろ。

 

今回の総選挙後に、またまた「橋下チルドレン」が誕生する可能性が高い。

その上、従来の議員だって、「昔の名前で出ています♪」という議員ばかりである。

顔ぶれが一新していない。政治に期待しても裏切られるだろう。

 

橋下に期待したが、組織づくりをあせりすぎた。

国会議員なんそ組織化すべきでなかった。

あれで維新の会の清新さや斬新さが失われた。

 

橋下徹に戦略を提言したい。

第一は、維新の会をより純化し、橋下党で固めた精鋭組織にすべきである。

第二は、橋下徹が総選挙に出馬すべきである。今からでも遅くないから出馬せよ。

 

橋下が出ない日本維新の会は、車輪のない車か、ハンドルのない車である。

橋下が出馬する可能性はあるとゴジラ先生は見ている。

その時、世間はあっと驚くだろう。

 

平成24年11月15日(木)

いよいよ解散か、野田クン、よくぞ決断した

 

野田クンは男をあげた。

グズグズと反対する党内をふり切って解散を決断した。

いつまでも政権を延命しても、勝機は少ない。

ならば最後の大勝負にでたのだ。

 

民主党は壊滅的な敗北をきっするだろう。

自民党はかなり勢力を回復する。

しかし、第三極に風が吹けば、自民党も苦戦するだろう。

 

ただし、今回は、三年前、民主党に吹いたような風は吹かない確率が高い。

人々はもう素人政治にはこりごりだからだ。

やはり政治はプロフェッショナルに任せないといけない。

 

それにしても、政界には人材が払拭している。

自民党にも少ない。民主党は皆無だ。

80歳の石原慎太郎は短期のリリーフエースである。

 

本格的なリーダーは橋下徹であるが、今、決断に迷っているのだろう。

しかし、ここは日本国百年のために、大阪市長をなげうって、出馬するべきである。

大阪市民は大賛成するのはまちがいない。

戦後67年間、いなかった大阪出身の総理大臣の誕生があるかもしれないのだ。

大阪市民は、諸手をあげて、橋下の出馬を応援するだろう。

 

平成24年11月14日(水)

太陽の党

 

石原慎太郎の新党は「太陽の党」という名である。

ネーミングがもう一つだ。驚くような強い印象がない。

 

だいたい石原慎太郎は、以前からネーミングがうまくない。

たちあがれ日本もそうだ。東京都立大学は、首都なんとか大学となり、

都がつくった銀行は、どういう名前なのか記憶にない。

いっそのこと「石原新党」の方がすっきりしている。

 

惜しむらくは石原慎太郎も老いた。

80歳というのは新党の先頭に立つのはしんどいだろう。

討ち死に覚悟の出陣とみた。

 

最後のご奉公と覚悟を決めて、必死決死の出陣は高く評価する。

高倉健は80歳で元気に演じている。

大滝秀治は、86歳まで現役を貫いた。

 

最後の死に花を咲かせる覚悟とみた。

ならばゴジラ先生も大いに応援する。

石原慎太郎、最後の大勝負だ。

ガンバレ、慎太郎!

 

平成24年11月13日(火)

最近、大相撲を見たことがない

東西の横綱がモンゴル人、大関も外人だらけ。

幕内も外人だらけ。これが大相撲といえるのか。

髷をゆった格闘技ではないか。

 

ゴルフは韓国人だらけ

こいつらは、出稼ぎをしているだけである。

日本から金をもちだすだけの話である。

日本のために尽くすという考えはない。

韓国人を締め出せ。

 

テレビ番組があまりにも貧困

吉本のタレントが内輪話で盛り上がっている番組。

雛壇にタレントがずらりと並び、くだらんトークを

しているか、クイズをしているかである。あるいは

医者がしたり顔で、健康談義をしているかである。

 

素人による素人の政治

衆議院の討論が始まった。素人による素人談義である。

弁舌も下手、ディベートはド素人、退屈な討論は

税金と時間の壮大な無駄である。

 

平成24年11月12日(月)

野田クンよ、早く総選挙を行え

橋下クンよ、戦略を誤った

 

一分でも、一秒でも、野田民主党政権が続くことは国家のためにならん。

日々、国益を害し、日々、経済は落ち目になり、日々、世界の中の地位は堕ちている。

早く野田政権を一新して、民主党の支配を終わらさねばならない。

 

ただ、民主党に替わって、自民党政権になるのだろうが、

これがもう一つも二つも期待できないのだ。

自民党にも人材が払拭している。石破茂さんぐらいである。

 

ようにするに、国会議員が劣化し、必然的に政治が劣化しているのだ。

722名の有象無象の集団と化しているのである。

日本国を託するにたる優れた政治家がいない。

二世か、世襲か、学校秀才か、官僚あがりか、タレントか、バカか、アホか、いずれかである。

 

維新の橋下クンも、戦略を間違えた。

まだ野に伏して、地にいて実力を蓄える時である。

国政に打って出るには早すぎる。

もし、国政に打って出るならば、橋下自身が出なければならない。

総大将が出陣しないいくさなど勝てるはずがない。

 

民主党などを離党した屁のような国会議員達と組んだ。

あれは致命的な過ちである。

あの有象無象の議員をみて、維新に対する期待が消え失せた。

維新に対する国民の期待とブームもしぼむだろう。

 

いまからでも遅くない。

橋下クンは、ゼロからやり直した方がいい。

古今東西、歴史の教訓は、「組織とは思想と哲学を共有する鉄の結束を誇る集団

でなければならない」ということだ。

思想と哲学の欠落した集団は瓦解するだろう。

維新は、今のままではただの小政党の一つとなって埋没する。

 

平成24年11月9日(金)

テレビがつまらん、テレビ視聴率の怪

 

なんでこんなにテレビがつまらんのだ。

周りの人に聞いてもテレビを見ないと言う人が多い。

若い人などは、テレビをまったく見てないそうだ。

 

そうすると視聴率というのは意味があるのか。

テレビを見ている人のみを対象にして視聴率を計っても、

肝心の絶対数が見てないと意味がない。

 

たとえば、1000万人の人口を仮定する。

そのなかで、テレビを見ているのが100万人、見てない人が900万人とする。

テレビを見ている100万人の中で、視聴率が高いといっても意味がない。

10%とすると、たった10万人である。

 

人口1000万人のうち990万人はテレビを見ていないのだ。

これがテレビというもの実態ではないか。

だからテレビ視聴率は意味がないし、価値がない。

 

テレビ視聴率という幻想の中で、吉本の阿呆タレント、テレビ局の馬鹿アナが

アホづら、バカづらで、遊び呆けている番組を垂れ流しているのだ。

 

テレビ局の回線を自由化し、開放し、

誰でも参加できる独創的な企画を提供できる媒体とせよ。

6チャンネルの独占による、吉本のアホづら、局アナのバカづらは御免こうむる。

 

平成24年11月8日(木)

その1

裁判官の責任はどうなるのだ

 

東電殺人事件のネパール人の冤罪が晴れ、無罪になった。

検察や警察は謝罪している。

しかし、真っ先に謝罪すべきは裁判官ではないか。

無期懲役という判決を下した裁判官こそ、冤罪の最大の犯人である。

 

裁判官よ、出てこい。

そして、謝罪しろ。

ほっかむりして、知らぬ顔をするのは、人間ではない。

鬼畜である。

 

それにしても、いつも裁判官の過ちが問われないのは不思議だ。

裁判官は無誤謬な存在なのか。

裁判官は神なのか。

 

その2

田中真紀子をクビにしろ

 

田中真紀子は、次の選挙のことを考えて、浅智恵を働かせて

「 ここは折れておこう」と判断したのだろう。

この問題で失敗したら大臣のみならず、政治家として失脚する。

次の 衆議院選挙でまちがいなく落選するだろう。

いくら角栄いらいの新潟県でも、もう田中真紀子ではあるまい。

この女の賞味期限は切れている。

 

それにしても、野田という男は、人を見る目がまったくない。

次々と総理大臣としての無能さを露呈している。

もう限界だ。辞任する時がきた。

 

日本国のリーダーも、アメリカ大統領と同じで、

一年という長い選挙期間を通じて、

リーダーとしての資質、能力があるのか、判定できる仕組みにしたい。

アメリカ方式だと、ボンクラが出る幕がない。

 

平成24年11月7日(水)

田中真紀子という名のアホな女

 

この女は、ほんとうに頭が悪い。

田中角栄があまりにも強烈だから、人は田中真紀子も、また優秀だと錯覚してきたのだ。

真実は違う。この女はまったく無能である。

脳ミソがあるのかと私は疑っている。

 

だいたいこの女に何か実績があるのか。

会社を経営したことがあるのか。

ビジネスマンとして働いたことがあるのか。

公務員として公僕に徹したことがあるのか。

自衛官として、警察官として、消防員として、働いたことがあるのか。

 

あるいはデパートやスーパーの店頭で、販売員をしたことがあるのか。

保険のセールスウーマンとして、飛び込み訪問をしたことがあるのか。

パートとしてレジをうったことがあるのか。

 

真実は、この女には何もないのだ。

ただの無能なわがまま女にすぎないのだ。

田中角栄の虚像に隠れて、大物もどきの虚構の芝居をしていたのだ。

 

それにしても、大学のを上げるとはどういう意味だ。

大学の質とは何だ。定義してみろ

 

この女の頭の中には、偏差値を基準にしているのだろう。

しかし、偏差値など、一つの基準にすぎない。

人生には偏差値よりも大切で重要な基準がいくらでもある。

 

田中真紀子よ、おのれが出た早稲田大学は、質が高いという前提か。

おのれの大学は優秀で、不許可にした三大学の資は悪いという前提か。

こういう鼻持ちならぬエリート意識が鼻持ちならぬのだ。

 

田中真紀子よ、おのれが卒業した早稲田大学の質が高いと思っているとしたら

お目出度いアホウだ。

早稲田の卒業生には、久米宏、筑紫哲也、辻元清美そして、田中真紀子という

売国奴の中の売国奴がゴマンといるではないか。

 

売国奴よりも質の悪い人間はこの世にいない。

売国奴とは最悪・最低の質である。

売国奴に比較したら、偏差値などかわいいものだ。

売国奴を輩出した早稲田大学よ、恥を知るべし。

 

そして、歴史上、最悪の無能・総理大臣、竹下、森、小渕、海部を出したことを恥よ。

今日の日本の体たらくにした責任をどうするのだ。

日本国民の前で土下座して謝罪しろ。

 

あまりデカイ面をして、ワセダ、ワセダと連呼するな。

世間にはワセダ嫌いがゴマンといるのだ。

分限をわきまえて、謙虚にしてろ。