英雄・故小野田寛郎先生・特別講演会での思い出

小野田寛郎さんをお迎えして、特別講演会が開かれた。

参加した多くの人の歴史観が変わった日だった。人生において

劇的な進化と進歩を獲得した日だった。謦咳に接するという

ことの大切さを痛感した。我が人生最良の日だった。

 

平成30年7月12日(木)
オウム事件は、いつか、また起きる
人間社会が存在するかぎり起きる。
人間とは愚かな生き物である。


オウム事件について、リベラルを気取る朝日新聞や
青木理などの左巻き評論家は、麻原に真実を語って
欲しかったとか、謎は残ったとか、深い闇のままだとか
なんだかんだと、屁理屈をつけている。複雑に考える
ことでメシ食っているのが、きゃつらである。真理は
単純である。

オウム事件とは、オウム教、あるいは麻原教という教団が
起こしたテロ事件である。イスラム国のテロと同じである。
異常な教義を信仰する人間が起こしたテロ事件である。
単純な事件である。難しい屁理屈をつけても意味がない。
理屈をコネ繰り回しても、テロはテロである。それ以下でも
それ以上でもない。テロによる大量虐殺事件である。

この世に人間がいるかぎりテロは起きる。テロが起きるのが
人間社会というものである。人間という生き物が存在する限り、
テロを防ぐことは不可能である。

人間社会には永遠の平和はない。理想郷ではない。暴力があり、
いじめがあり、殺人があり、セクハラがあり、パワハラがある。
これが人間社会というものである。混沌とした社会だからこそ
宗教がある。夏目漱石が言っているように、宗教によって束の間の
安らぎをえるのである。その宗教がテロを起こすのである。まことに
矛盾である。

テロや殺人や暴力を防ぐために、宗教があり、そして法律がある。
宗教で防ぎ、法律で防ぐのである。しかし、宗教で律することが
できないものは、法律で防ぐのである。オウム事件の再来を防ぐ
法律が破防法である。その適用に反対したのが、公明党であり
福島瑞穂、辻元清美である。彼らは万死に値する。


成30年7月9日(月)
黙祷!
豪雨の犠牲者に心よりお悔やみ申し上げます。


人間は自然に弱い。
というより自然の力はとてつもなく強大だ。
人知ではいかんともしがたい。
あらがいようのない力である。
人間よ、奢るなかれという警告である。

その上、千葉沖で、地震が多発している。
何か天変地異の前触れかもしれない。
不気味である。自然の猛威にはあらがいようがないが、
せめてささやかながら防衛線を張っておこう。

水、食料など、最低限のものを用意しておこう。
自然の力は強大だが、最近の日本人は抵抗力がない。
ゴジラ先生の父親などは、戦争中、空襲の中を逃げ延びた
世代だから、我々の世代よりはるかに抵抗力があった。

家の中には、
「非常持ち出し」と書かれた、大きな箱が
いつも手元においてあった。終戦後の昭和25、6年ごろ
近所で大火事があった。そのとき、父親は、すぐにそれを
持ち出す準備していた。戦争の体験は生きていた。
町のいたるところに、コンクリートで固めた防火用水があった。
空襲や火事のときのためであった。

ようするに、
あの世代は自助能力があった。国民ひとりひとりが
自らを助ける能力と技術とノウハウがあった。
最近、ヘリコプター
が舞い、自衛隊のボートが出動する。あるいは水を給水するのに
鍋や釜をもたず、手ぶらできて、透明袋に給水してもらう光景をみると
愕然とする。他人頼み、お上頼みである。しかしその費用はすべからく
自分が払った税金である。タコがみずからの足をくっているのである。
国民の自助能力の向上こそ、緊急課題である。

平成30年7月3日(火)
日本はよくやった、
上出来だ!素晴らしい!


ベルギー戦、日本は頑張った。よくやった。
2点も取るとは思わなかった。それだけでも
上出来、上出来、胸を張って帰国してほしい。

予選を突破しただけでも立派である。西野監督の
采配と人心掌握は見事である。さらに言うと、
ハリルをクビにし西野を任命した田嶋会長の英断
は正しかった。

日本人監督の時代である。外国人頼みはもうやめよう。
今回の西野監督の起用によって、日本人監督の良さが
証明された。今後は、日本人監督をどんどん使い、
日本人監督を育てようではないか。

そして,2022年はベスト8に進出しようではないか。
さらにベスト4、そして決勝で優勝である。
日本サッカーに期待と希望を生んでくれたワールドカップだった。
成功、成功、大成功である。